「大半の人々が広告を嫌っている」:業界に幻滅したあるストラテジストの告白

広告業界にインチキがはびこっているのは事実だ。エージェンシーは長年にわたり、自ら口にする知識を理解していることを証明するためだけに存在している人材を多く抱えてきた。

それがとりわけ顕著なのが戦略部門だ。エージェンシーにおけるストラテジストの役割は、長いあいだ不明瞭なままだ。理論上は「モノを売る」というクライアントの長期的目標をクリエイティブに立ち返らせるというのが彼らの役目だろう。しかし、デジタルマーケティングの現状において「戦略」は、往々にして「データにもとづく屁理屈」の婉曲表現になっている。

業界人に匿名で本音を語ってもらう「告白」シリーズ。今回は、砂上の楼閣でしかない自らの役職にうんざりしているという、エージェンシーのストラテジストに話を聞いた。以下は、インタビューを編集、要約したものだ。

――悩みの種は何?

我々全員が認識すべきなのは、大半の人々が広告を嫌っているということ。それなのに、我々が作る広告は役に立っていると自分自身に言い聞かせている節がある。この業界でいい広告を作っているエージェンシーはせいぜい2社程度で、彼らの広告は見ていて楽しい。だが、ほかは皆、そうではない。

――どうしてそうなる?

問題は、クライアントとエージェンシーの関係のなかに、ただの思いつきで口を挟むだけの仕事をする人間が多すぎることだ。私自身も信じ続けるしかない。どんなアイデアにも、たとえそれがすぐに事業利益につながらないとしても、何かしらメリットはあるのだと。我々は、心温まり、人の役に立つストーリーを理路整然と語る一方、それにがんじがらめになって、現実から乖離してしまった。まったく腹立たしい。

――根本的な原因は?

クライアント側もエージェンシー側も、常に自分の存在を正当化しなければならないことだ。我々は最近、企画をひとつボツにしたが、それは誰かが法的問題を指摘したせいだった。その人物は指摘するしかなかった。そうしないと、自分が報酬に値しないということになる。

――指標の豊富なデータがこの問題を解決するはずだが、それについては?

我々の業務にかなり関係する指標が新たに登場し、いまでは反応を測定するのに十分な精度がある。だから我々はテストを増やすのだが、まったくバカげている。何が効果的か、誰かが知っているかのようにタグラインをテストするが、結局それも「クビにならないためにやる」のと同じ。そうしておけば、大失敗しても、「テストではうまくいったのに」と言えるからだ。

――いま広告業界に入ってくる人材も同じように感じている?

広告業界が敬遠される状況には、まだ至っていないと思う。若者にとって、広告といえばSnapchart(スナップチャット)の広告のことで、それ以上は知らないのだ。勘弁してほしい。各プラットフォームで有効なベストプラクティスをまとめているのは、FacebookやSnapchatの従業員だ。彼らが自らプラットフォームを利用する最良の方法を教えている。なんという矛盾だろう。

――業界人の大半はそうした自覚があると思う?

そう願う。皆がフラストレーションを抱えているのだと思いたい。現時点で、本当に働きたいと思えるエージェンシーは数えるほどしかない。それ以外のエージェンシーで働くくらいなら、広告業界を去る方がマシだ。広告を作るに値するブランドもあまりない。滑稽なことに、製薬会社は広告に途方もない資金をつぎ込み、ワークショップも多数開催している。そんなもの、誰が気にするんだ? 薬なんて、必要に迫られて買うもの。最高の職場というのはもっともリアルな場所なのだ。私はLinkedIn(リンクトイン)に真面目な投稿をする人間は信用しない。この仕事が好きだと自分自身を納得させつつ、どうにか次の仕事をもらおうとしている人間ばかりだ。

――エージェンシーがでっち上げた絵空事のなかで、最悪なのは何?

ソーシャル上のブランドは本当にひどい。とくに、ソーシャルで自社製品を過剰に売り込むブランド。ストラテジストとして苦労しているのは、ブランドについて、そして、ブランドが顧客に喚起させるべき感情について、強い感情を求められることだ。あまりに頻繁にコミュニケーションの行程の設計を頼まれ、うんざりしている。いまどき、誰かがバナー広告からWebサイトに飛ぶなんて思うかい? チャートを作ったところで、ありえないほど理想的な条件下における仮定でしかないのだ。基本法則はたしかにある。だが、戦略部門に依頼される細部のレベルは常軌を逸している。こんな不満なら何日でも言い続けられるのだが。

――どうぞ続けて。

今年もSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)に人を送ったが、こんなクダラらないことをいつまで続けるんだ? その人物は、とあるセミナーに参加したときの様子をレクチャーした。それから、ダークマター物理学のセッションに参加し、電気を発見した方法に関する討論を聞いてきた。その人物は戻ってからセッションの様子を報告し、その教訓は「エージェンシーは壮大なアイデアを探求し、細部を発見すべし」だと伝えた。私はこう反論してやりたかった。電気を発見した人は、セッションに行ったことが役立ったわけじゃないだろう、と。つまり我々は、実行する人材をますます必要としているということだ。

Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)