「我々は競争するよう教え込まれる。協力するのではなく」:エージェンシーのベテラン社員の告白

デジタルメディアはエージェンシービジネスが抱えるプレッシャーを高めてきた。その程度は甚だしく、いい仕事をすることはもはや不可能に等しくなっている。

業界人に匿名にすることを条件に本音を語ってもらう「告白」シリーズ。今回は、エージェンシーに勤務するベテラン社員に、エージェンシー業務の変化と、それが社内文化に及ぼす影響について語ってもらった。

なお、わかりやすくするため、以下の回答には編集を加えている。

――エージェンシービジネスが直面する最大の課題とは?

「チャーン・アンド・バーン(従業員を酷使して燃え尽きさせること)」というメンタリティだ。私はエージェンシーを転々としてきた。この業界ではたいていの人がそうで、そうやって各自がキャリアアップを図っている。大手のエージェンシーでは、このチャーン・アンド・バーンの風潮が蔓延しており、活力と情熱に溢れたクリエイティブな新卒を採用しては燃え尽きさせている。彼らは制作のプレッシャーにさいなまれながら、常軌を逸した長時間労働に勤しんでいる。

そこで声高に叫ばれる言葉は「ハッスル」だ。私はこの言葉が大嫌いだ。息抜きの余裕さえ認めないからだ。クリエイティブであるためには、息抜きは必要だというのに。これを相殺するため、エージェンシーはクールな環境をスタッフに与え、そこでパーティや飲み会などを頻繁に催している。スタッフはセレブ的なステータスを与えられ、この環境で働くことを受け入れる。そして登場するのが、大掛かりな対処メカニズムというわけだ。つまりドラッグや酒、睡眠薬だ。こうして、こんなふうに人を扱っていればいい、こんなふうに働いていればいいという考えが生み出される。

――それは日々の業務にどのような形で現れる?

こんな罪悪感がある。「自分は十分に成果を上げていない」という感覚だ。スタッフは心の弱さにつけ込まれる。社内には、午後5時に退社する者は仲間外れにされるという暗黙のルールがあり、長時間働いていない者は何も生み出していないとみなされる。これではまるで、競争することを植えつけているようなものだ。我々は競争するように教え込まれる。協力するのではなく。

――共働き夫婦の支援やフレックスタイム制の推進といった主張とは真逆に聞こえるが……

どのエージェンシーも大風呂敷を広げたがるものだ。「スタッフのために我が社はある」といったようなスローガンは繰り返し叫ばれる。だが、それらはコアバリューではなく、実際には存在しない。書面上の響きはいい。だが、いざ働きはじめてみると、そんなものは存在しない。子どもを抱えながら働くスタッフもエージェンシーにはいる。離婚している人や、まわりの視線を気にせず、境界線をはっきり引いている人は、5時に退社して子どもを迎えに行く。だが彼らは、将来トップに登り詰める人材とはみなされていない。

――なぜ広告業界には、これほど多くのウソがはびこっているのか?

私が大学生だったころ、自分がどこに向かっているのかわかっていない若者がたくさんいたが、彼らはまったく同じ本を読んでおり、そこに書かれていることを鵜呑みにしていた。いまのエージェンシーは、こうした若者たちに占められている。セス・ゴーディンらが書いた本を読んで育った彼らの言葉は、耳には心地いい。「オーディエンスとつながるためのホリスティックなアプローチをお教えしましょう」とか何とか。まったく、何だそりゃだ。

――それはなぜなのか?

私は以前からずっと、真っ先に予算を削減されるのはマーケティングだと思っている。だから我々は自分たちの存在理由を正当化しなければならない。常に、だ。マーケティングは販売ではない。マーケティングが機能しているかどうかを明らかにするのは難しい。

データはあるにせよ、それは全体像を表すものではない。いま世の中で起きていることと、オーディエンスの世界で起きていることを、相互に関連づけなければならない。現状では、マーケティング担当者の大半が自分の行っていることを正当化しなければならない。そうするには、言葉を駆使して実際以上に優秀だと相手に思ってもらう必要がある。それができなければ、仕事を失うことになるだろう。

――悪循環のように思えるが……

そのとおりだ。要するに、誰もがお互いを知っていて、誰もが共謀しているのだ。エージェンシー間で。大手のブランドは大手のエージェンシーのところにしか行かない。授賞式や業界誌を利用して、絶えず互いに称賛し合っている。すべての授賞式をお互いが開き合っている。だから、誰もが非凡に見えるし、才能に溢れているように見える。

――ハリウッドさながらだ

まるで、いんちきハリウッドだ。誰もがセレブ気取りでいる。私は昨年、国際ビジネスカンファレンス「C2モントリオール(C2 Montreal)」が開かれる前の週、あるバーに行った。すると、そこにエージェンシーの若手たちがいた。身なりが特徴的なのですぐにわかる。彼らは二言目にはビッグネームを口にしていた。

「C2には? そうですか、私はここのエージェンシーと一緒に参加します。打ち上げには招待されていますか?」とか何とか。そうやって幻想や期待を振りまくことで、エージェンシーは成功してきた。クールでヒップな存在であることを話題にするエージェンシーが、ますます増えている。クールすぎて寒気がするくらいだがね。

――こうした幻想は信じられているのか?

エージェンシー社員の大半は思い違いをしている。我々は、自分たちは本物のつながりを作り、本物の問題を解決していると言っている。だが、我々が実際にしているのは、制作のインチキなやり方を強めることだ。我々は一種のガスライティング(他人の現実認識能力を狂わせようとする試み)を行っているのだ。そうやって我々は商売をしている。

かつては製品やサービスの利点を伝えるのがマーケティングだった。だが、ここ最近、我々が行ってきたのは、他人の心を操る物語の創出だ。我々が利用しているのは「十分ではない」という消費者心理だ。あなたの髪は十分にいいとは言えない、あなたの家のニオイは十分にいいとは言えない、という。ひどい話だ。犯罪行為にも等しい。

――なぜ、この状態から抜け出せないのか?

我々は、もう何年もこんなふうにやってきた。このやり方は、利益という満足をすぐにもたらしてくれる。消費者は恥ずかしさを感じて、モノを買う。そうすれば我々は気分がいい。ヒットだ。ブランドも手応えを感じる。ソーシャルとデジタルがこのニーズを悪化させた。我々はヒット中毒になっているのだ。

Shareen Pathak (原文 / 訳:ガリレオ)