Slackがエージェンシー業界に「受け入れられない」理由:その原因はやはりクライアント?

アメリカ広告業者協会(4A’s)の年次総会「トランスフォーメーション・カンファレンス」(Transformation Conference)が開催される、マイアミのホテルの肌寒いボールルームに集まった、たくさんの企業の上級幹部たちに、ある記者が「Slack(スラック)はもうお使いですか?」と、質問した。

彼らは口を揃えて、こう答えた。「Slackって?」

これと同じやり取りが、総会開催期間中の1週間、ずっと繰り返されていた。Slackは、このところ人気を博しているチャット用プラットフォームで、これによって働き方の本質が変わる(そして、その過程で電子メールは滅びる)と思っている人が、シリコンバレーには大勢いる。だが、広告業界では、ほとんど話題になっていない。

ユニコーン企業となったSlack

仕事に使うと便利なチャットツールであるSlackは、コンテンツ管理システムとしても使えるほか、ディストリビューションの手段にもなり、技術系企業やパブリッシャーのあいだでは広く受け入れられている。Slackを生んだSlack社は、史上最速のペースで成長した企業のひとつとなり、現在の時価総額は40億ドル(約4500億円)にも達するユニコーン企業だ。

創設2年のこの会社の最高経営責任者(CEO)を務めるスチュワート・バターフィールド氏によると、Slackのユーザーベースは四半期ごとに倍増しているという。2015年12月の時点で、1日のアクティブユーザーは200万人以上だった。Slackは、インスタントメッセージ(IM)とコンテンツシステムを合わせた機能をもち、ファイルや画像のアップロード、プロジェクト用チャンネルの作成に加え、近いうちに動画や音声も利用できると言われている。また、これまでのチャットツールとは異なり、ユーザー・エクスペリエンスもシームレスだ。

導入ネックとなるのはクライアント

「広告業界が抱える多くの問題と同様に、ネックとなるのはやはりクライアントだ」と語るのは、サンフランシスコに本拠を置くデジタルエージェンシーであるジュニア(Junior)の共同創設者、ロビー・ホワイティング氏。「これは電子メールからのパラダイムシフトだ。しかし、多くの広告代理店が移行できていない、あるいはしない理由はそこにあるのだと思う。特に、Slackを利用できる環境にないクライアントと頻繁にやり取りしている場合は」と、ホワイティング氏は語る。ジュニアでは2015年8月にSlackを導入したが、同社との連絡にこれを使ってほしいとクライアントに依頼するのが大変だったという。

ホワイティング氏は、Slackを利用するメリットは明白だと述べる。それまで1日に100通来ていた電子メール(しかもほとんどがスパム)が5通以下になったのだそうだ。

エージェンシーのRPAでは、2014年初頭以来、Slackにさまざまな社内グループを設置してきたが、全社をあげての導入にはまだ至っていない。同社のユーザー・エクスペリエンス担当ディレクターであるプラミット・ナイリ氏は、次のように述べている。「Slackは『チェックしておくべきもうひとつのツール』であり、それは余分な負担をもたらすことにもなる。人々はまだ、電子メールに不便を感じていない。変化を起こすことは難しいが、私個人としては、Slackにサインインする同僚や関係先が増えるにつれ、そうした変化が起こっているのがわかる」。

業界内カルチャーにも問題あり

Slackを利用するエージェンシーが少ない理由としては、業界内部の文化的問題もあるとナイリ氏は言う。広告代理店はまだ、「指令と制御」方式で事業を展開し、情報も必要最低限のものしか与えられないことが多い。Slackにはプライベートメッセージ機能があるが、ほかのツールと一線を画している点はチャンネルだ。チャンネルでのやり取りはすべて公開されている。ナイリ氏によれば、その透明性を受け入れたグループでは驚くべき変化が起きたという。「全員が同じ情報にアクセスして、信じられないくらいに均質化してくれる。そうしたやり取りについていけるかどうかは、個人個人の責任であり、事前に資料を読んだり議論したりするミーティングを開く必要性がない」とナイリ氏。

エージェンシーをしつこく悩ませている問題のひとつに、各部署のサイロ化(組織の縦割り構造でお互いの活動が見えずに連携できないこと)と役員間のコミュニケーション不足がある。

4A’sのカンファレンス出席者で、オフレコでの取材に応じた人物によると、エージェンシー内部での「コミュニケーション」問題は、中間管理者や下級レベルの従業員でよく起こるそうだ。だが、上級レベルの人間は情報を蓄え、それを隠すことで恩恵を受ける。彼らは透明にしすぎることを嫌っており、Slackがまだ採用されていない理由のひとつもここにあるかもしれない、というのが取材に答えた人物の仮説だ。一方、メディア企業(日米のDIGIDAYを含む)では、Slackは制作サイドのプロジェクト管理に利用されることが多く、制作エージェンシーにはこれが自然になじんでいるように見える。

Slack推進派の普及方法

ドイチェ・ニューヨーク(Deutsch New York)の最高技術責任者(CTO)トレバー・オブライエン氏は、Slackを大いに支持している。いまでは社員の約3分の1がSlackを利用しており、オブライエン氏は、その割合を自然に、しかし可能な限り早く高めることに注力している。その方法のひとつが、電子メールへの返信を完全にやめることだ。それによって、オブライエン氏と一緒に仕事をしている人々は、徐々にSlackを使わざるを得なくなる。「ここがドキュメントやプロジェクト情報などを共有する最初の場所だ、ということにチームに属する人々が気づけば、みんなが使い始め、気に入ると思う」とオブライエン氏。

だが、Slackには透明性がありすぎて、大手では扱いにくいという人もいる。セキュリティーも懸念される。電通イージス・ネットワーク(Dentsu Aegis Network)傘下のエージェンシーEMTでは、「Slack登場以前のSlack」とも言われる「Office 365」チャットツール「Yammer(ヤマー)」を使っている。「我々がビジネスの議論をするときには、安全で法令を遵守できるメッセージングプラットフォームが必要だ」とグローバル事業部門のアソシエイト・ディレクターを務めるジェイソン・ゴア氏は説明する。

さらに規模の小さい代理店にとって、Slackを利用するという発想は特に難しいと、従業員数30人のエージェンシーであるバレットSF(BarettSF)のマネージング・ディレクター、パトリック・ケリー氏は言う。「我々は常に会話している。そのコミュニケーションをSlackで仕切ってしまうというアイデアには限界があるように思える」と、ケリー氏は語った。

Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)