スタートアップ国家、イスラエル。その技術と創造性が入り交じる「広告事情」

本稿は、世界各国のさまざまな地域の広告事情のニュアンスを、当地の状況に精通した人の目を通して伝える「グローバル・クリエイティブ・シリーズ」である。

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イスラエルはテクノロジー分野における、ここ数年の目を見張る成長により、「スタートアップ国家」と呼ばれる。あるいは、砂漠気候地帯や乾燥地帯の各地に存在する、流水のない「涸れ川」(ワジ)にちなんで「シリコン・ワジ」とも知られるようになった。

イスラエルは人口約800万人だが、人口1人あたりのハイテク企業への投資額は世界最大(2014年は約4000億円)。ベンチャーキャピタルなど、スタートアップを育むエコシステムが拡大している。若者が兵役を経験する土地柄を背景に、セキュリティソフトウェア開発が盛んで、2014年にイスラエル企業のセキュリティソフトウェアによる売上は60億ドル(約7200億円)に達した。ほかの領域でも雨後の筍のように有望なスタートアップが育っている

パレスチナ問題により、ヨーロッパとは難しい関係が続いており、大きな投資は望めない。むしろ、国際情勢上の利害関係がない中国とは、貿易と投資両面で関係を深めている。中国のEC企業アリババは、2015年春に新型QRコードを開発したビジュアリード(Visualead)に投資しており2016年の中国による直接投資は前年比で54%も増加すると予測される。今後も中国の民間セクターが、脆さを見せる国内経済を逃れ、対外投資に駆け込む流れを享受することになりそうだ。

ITブームは広告にもインパクト

米国に拠点を置くグローバルエージェンシー、BBRサーチ&サーチ社(BBR Saatchi & Saatchi)のクリエイティブ・ディレクターを務めるエラン・ニル氏に言わせるなら、こうしたテクノロジーのブーム(一部でバブルともやゆされる)は、イスラエルの広告業界にも大きなインパクトを与えている。

いくつかの顕著な事象をあげてくれた。たとえば、最近増えてきたのが、ブランド企業にソリューションを提供するため、広告代理店とベンチャー企業やテクノロジー企業との協業だ。また、代理店がより多くの女性を雇い入れようとする傾向が見られるという(米代理店は、依然として男性主体の業界だ)。クリエイティブに関しては、他国と同様コメディが主流となる。

以下は、ニル氏によるイスラエルの広告の考察だ。

テクノロジーがクリエイティブを理解する場所

イスラエルの広告業界の構図は、この2年で大いに変わった。ニル氏からすれば、テクノロジーの進歩による直接的なインパクトがあったという。マーケターとエージェンシーの両方が、紙媒体やアウトドアやTVといった既存のメディアから離れ、テック企業やベンチャーとのパートナーシップに移行している。

その一例がスマホアプリの「ズズ(Zuzu)」だ。BBRサーチ&サーチがブランド・ユーティリティ企業のミント(Mint)と組んで製作した、トルココーヒーブランドのエリートコーヒー(Elite Coffee)のためのエキササイズアプリである。トルココーヒーを飲むことで、身体能力が向上する傾向があることを踏まえ、スポーツコミュニティに的を絞り、無料のバーチャルコーチアプリを提供したのだ。

「イノベーションとテクノロジー、クリエイティビティの三位一体。それが現在、イスラエルのクリエイティビティにおける注目すべき特質だ」と、ニル氏は説く。「他社に優位に立てないテクノロジーもあるが、イスラエルには頼りになる数多くのスタートアップが存在する」。

「より厳しく、懐疑的」……そしてユーモアは濃い

ニル氏によると、不安定な政治状況によって、イスラエルでは既存の広告に対して「より厳しく、懐疑的な」視線が向けられている。「『弊社の製品は素晴らしい』『弊社のコーヒーのほうがおいしい』などと叫んでいては、侮られるだけだ」という。「だからこそ、『信頼がおける』とされる消費者の洞察を得ることが重要になる」。

たとえば、このおむつブランドの「ハギーズ(Huggies)」のCM。間もなく父親になる男性だけに的を絞り、心の琴線に触れるような、価値ある情報を知らせていこうとしている。

ほかの例もある。ユーモアをもたせた広告だ。特に消費者の受けがいいのは自虐系ユーモアの広告だ。ユニリーバがダイエット系シリアルの「ブランフレークス(Branflakes)」用に制作した広告は、「ドラッグクイーン(女装して女っぽく振る舞う男性)」を起用し、いわゆる「ふくよか系」な女性をからかう内容だ。社会的通年に反しかねないものへの許容度は、おそらくイスラエルの方がアメリカよりも高い。

共同体に帰属しているという意識

イスラエルの市場は小さく、大半の広告代理店はテルアビブに集中している。そのため、マッキャンやFCB、IWTやBBRサーチ&サーチなど、足場を築いている世界的な広告代理店との仲間意識が強い。クリエイティブディレクター同士が、お互いを自社で雇用しようと相談することすら珍しくないほどだ。

「我々の業界は小さい。誰もがお互いを知っている状況だ」と、ニル氏は言う。「ある日、TBWAで働く。その翌日には、気がつけば道を挟んで向かいにある、Y&Rの建物で働いている自分がいるのだ」。

男性社会の広告業に女性が進出

他国と同様に、イスラエルの広告業界は男社会という状況が数十年間続いてきた。だが、それが変わりつつある。より多くの女性がクリエイティブ・チームなどに参画していると、ニル氏は説明するのだ。

「業界では、女性にはユーモアが欠けるといわれてきたが、実際はそんなことあるわけがない。『マッドメン』に登場するニューヨーク・マディソン街の広告業界人のような男たちこそが、もっともクリエイティブだというステレオタイプは通用しないのだ」と言う。「男女問わず、誰もがあらゆることをやっていく時代なのだ」。

広告業界での女性参加状況を調べる「ペルソナ」と呼ばれるサービスを展開するマッキャン・テルアビブのハンナ・ラドーCOOも、役員クラスには男性が大半を占めるが、女性の昇進が進み始めており、比率は変わりつつあると話している。

Tanya Dua(原文 / 訳:南如水)*[日本版]編集部で一部加筆・編集した。
Photo by israeltourism(CreativeCommon)