最新の組織形態「ホラクラシー」は、代理店の救世主か?

2014年、マレーシアのランカウイ島で幹部会議を開催した、英国ロンドンに本拠を置く世界第1位の広告代理店グループWPPグループ

この会場で、同グループ傘下であるソーシャル・アット・オグルヴィ(Social@Ogilvy)のマネージングパートナー、トーマス・クランプトン氏は、一風変わった講演を行った。「我々は、マーティン・ソレル卿(WPPの創業者兼CEO)を退位させるべきだろうか」と名付けられたこの講演は、新しい組織形態「ホラクラシー」をさまざまな側面から取り入れることを提唱するものだったという。

ホラクラシー(Holacracy)とは、組織内のヒエラルキーを排除し、セルフマネジメントを取り入れるという経営方法。水平型組織のなかで、各チームが自律的に決断を下していくものだ。コンピュータープログラミングなど、分権的な時期が必要な業態で実施がはじまり、IT業界を中心に各分野から注目が集まっている。

イノベーションを重視するオグルヴィでグローバルチームを率いるクランプトン氏は、「私は解決策を探していた」と語る。「イノベーションを何度でも起こし、いつも同じことばかり繰り返さないようにする方法を見つけ出す必要があったのだ」(念のために言えば、マーティン・ソレル卿はまだまだ健在だし、クランプトン氏も活躍している)。

エージェンシーの世界はいま、ふたつの方向からプレッシャーを受けている。一方は、あらゆることをもっと素早く行うように求めるクライアント。もう一方にいるのは、柔軟な職場環境を求める若い従業員だ。はたしてホラクラシーは、その解決策となるだろうか。

それぞれの個人に力を

ホラクラシーが登場したのは2007年頃のことだが、多くの人の関心を集めたのは、アパレル通販のザッポス(Zappos)と、同社のトニー・シェイCEOがホラクラシーを採用した2013年後半のことだ。この経営哲学では、「組織を構成する個人(個々の従業員)」と、さまざまな「役割」、そして決定権が重視される。

ヒエラルキーは存在するし、従来型の組織と同じように上司もいる。違いは、その組織を誰もが変えられることだ。そのため、組織の再編が常に絶え間なく行われる。また、上司は存在するものの、彼らはサークル(部署ではない)を率いる「リード・リンク」(リーダー的存在)であって、仕事のやり方についてサークル内の人たちにあれこれ言うことはできない。自律的な行動をする少年たちを描いた小説『蠅の王』と、主人公が会社のルールとは外れた行動をとる映画『リストラ・マン』を合わせた世界を想像してほしい。

ザッポスの動きは、広告業界に属する人々の注目を浴びた。この業界はクライアントから、組織としてすばやく動き、革新性を高めることを常に求められている。それに、この業界が注目のトレンドを見逃すわけはない。

要望に迅速に応えるためには

「マーケティング業界でホラクラシーが盛んに取り上げられている状況は、エージェンシー、スタッフ、そしてブランドの誰もが感じている苦境を非常によく示している」と語るのは、デジタルエージェンシーであるDDGの創設者兼CEO、ジャスティン・トービン氏。

エージェンシーはいま、「提供する製品やサービスの柔軟性を高めてほしい」というクライアントの要求の高まりに直面している。これを実現するには、迅速性が欠かせない。しかし、従来のヒエラルキー型組織では、対応しにくい場面があるのだ。

また、記録的な離職率に加え、ハイテク企業や新興企業との人材獲得競争の激化など、業界全体が人材危機に見舞われているため、若い従業員を惹きつけることがますます急務となっている。そのような人材はたいてい、ヒエラルキー型組織の歯車になるという考え方を拒絶するものだ、とトービン氏は指摘する。

クランプトン氏は、「イノベーションのジレンマ」を回避したかったと語る。これは、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が1997年に唱えた概念だが、未来のニーズに目を向けなくなった大企業は、イノベーションを起こせず、往々にしてダメになるというものだ。クランプトン氏によれば、人々に役割や責任の再考を常に求めるホラクラシーの側面が、エージェンシー事業にとって有効だという。

ただし、クランプトン氏はこう付け加える。「我々のような大きな組織では、シンプル化し、現実に合わせたバージョンを採用する必要がある」。

完全な実現が難しい理想

多くの理由から、ホラクラシーを完全な形で取り入れることは難しい。ホラクラシーをはじめて採用する企業では、かなり大規模な改革が必要になることが多いが、そこまで時間をかけることはまず不可能だ。「あまりに複雑で、混乱を招きやすい」とクランプトン氏は言う。

クランプトン氏が注力しているのは、一部のグローバルエグゼクティブたちに、ホラクラシーをさまざまな側面から実践してもらうことだ。現在、世界全域にわたるWPPのうちおよそ900名の人々が、何らかの形でこのシステムに組み込まれている。だが、「より穏やかなアプローチが採られているために、自分がその中に組み込まれていることに気づいていないことさえある」と、同氏は述べた。

エージェンシー、イレブン(Eleven)も、ホラクラシーを部分的に取り入れている。その組織のうち「中間から上」の層に責任を分散するという経営改革を行ったのだ。同社のコートニー・ボーシェルトCEOは、「完全に取り入れるのではなく、半分程度にしておくのがベストだ」と語っている。

賛否両論の先行事例

ホラクラシーという考え方自体は、新しいものとは言えない。はじめて提唱されたのは2007年のことで、ソフトウェアエンジニアのブライアン・ロバートソンが、アーサー・ケストラーの著作に書かれていた理論に影響を受けて、このアイデアをまとめたのだ。

だが、前述したザッポス(ホラクラシーを取り入れた企業としては現時点で最大規模だ)などの企業をメディアが大々的に取り上げていることが、ホラクラシーを最先端の取り組みと感じさせる要因になっている。

コンサルティング企業のストラクチャー・アンド・プロセス(Structure & Process)が行った調査によれば、ホラクラシーを取り入れた企業の事例は、2015年7月時点で47件ある。このなかには、小さなコワーキングスペースやハイテク企業のほか、ワシントン州の最高情報責任者(CIO)のオフィスも含まれているという。

おそらく、ホラクラシーを実験的に取り入れたエージェンシーとしてもっともよく知られた企業は、戦略アドバイスとコンサルティングを手がけていたアンダーカレント(Undercurrent)だろう(同社は2015年7月に閉鎖された)。アンダーカレントは、特に給与について透明性を高めるための取り組みも実施し、ホラクラシーレベルの高い組織を実現していた。

同社マネージングパートナーのクレイ・ジョーンズ氏は「透明性レポート」の中で、ホラクラシーの下でのセルフマネジメントが、非常に継続的で堅実な成長を実現させたと報告している。ただし、ほかのスタッフからは、ホラクラシーの採用はとてもやっかいで時間がかかる可能性があるため、その価値を見いだせなかったとする意見も出ていた

大組織に柔軟性を復活させたい

DDGのトービン氏によれば、企業は「柔軟性の欠如」が有害なものになりうることを認識しつつあり、そのことがホラクラシーをとても魅力的なオプションにしているという。また、ゴーカート・ラブズ(GoKart Labs)のジム・クー社長は、ホラクラシーが提供する自主性と自己決定権が、エージェンシー事業に有効に作用する可能性を指摘している。

「ミレニアル世代は、さまざまなことを同時進行したいと考えており、ほかの多くの人たちよりも懸命に仕事をする。彼らが求めているのは、ステップアップするチャンスか、プレゼンテーションをするチャンスだ」と述べるのは、調査企業フューチャーキャスト(FutureCast)の社長で、『ミレニアル世代へのマーケティング(原題:Marketing to Millennials)』の共著者でもあるジェフ・フロム氏。「彼らは、ホラクラシーを取り入れている環境でそのことを学ぶ。なぜなら、(ホラクラシーでは)アイデアを流通させることが重要だからだ」。

妥協点を見い出す

いっぽうで、ホラクラシー至上主義にうんざりしている人は多い。このアイデアの拠り所となっているザッポスでさえ、多くの管理職が自らの新しいポジションに困惑して会社を去った。ザッポスの「次の展開」に関する「ニュー・リパブリック(New Republic)」の記事には、従業員を失ったことがチームに問題をもたらしたことも書かれてある。残った人たちが、自分の役割が数年後にも存在しているのか疑問を抱きはじめたのだ。

だが、一部のエージェンシーは、ホラクラシーの精神を活かし、より従来型の経営構造にホラクラシーを適合させる方法を見つけ出している。グローバルな独立系エージェンシーのマザー(Mother)は、以前から平等主義的なアプローチを取り入れてきた。肩書きをもつ人はほとんど存在せず、広告制作物の制作者クレジットも公開しない(単に「マザー」と書かれるだけだ)。従業員は数週間ごとに職場を移動する。これはホラクラシーではないが、民主的であり、すべての人に責任が与えられた状態に近いと、同社を知る人たちは言う。この件に関する同社のコメントは得られていない。

「我々はまだ、ホラクラシーによって優れたリーダーシップがどのように生まれるのか見守っているところだ」と、ゴーカート・ラブズのクー氏は言う。ホラクラシーでは、非常に厳格な行動規範を遵守することも求められる。だが、クリエイティブ系の企業では、「合理的な取り決め」や「ホラクラシー憲法」といったものでアイデアを生み出すことはできないと、クー氏は指摘する。

「昇進のため安月給を耐えたのに」

それは当然と言える。ホラクラシーを導入した企業は、クリエイティブ系の企業ではなく、ミディアム(Medium)のようなハイテク企業である場合が多い。また、ホラクラシーにおける膨大なルールは複雑で、たいてい抽象的だ。ザッポスでさえ、すべての会議がホラクラシーの形式で行われているわけではない。この取り組みは、「自己実現」にフォーカスする、より大規模な水平的組織の状態「ティール」(Teal)へと向けた足がかりにすぎないのだ。

そして、エゴを忘れてはいけない。あるエージェンシーの人事責任者によれば、ほとんどのエージェンシーはまず安い給与で従業員を雇うが、給与の急上昇を従業員に約束していることが多い。このビジネスに参入した人の多くは、給料の高い管理職になることを待ち望んでいる。その道を奪ってしまえば、彼らには努力すべき目標がなくなってしまう。「エゴは我々の事業のまさに中心なのだ」と、この人事責任者は語っている。

Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)
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