日本企業は静かにブロックチェーンを活用しはじめている:監査法人トーマツ

昨年からブロックチェーンに関する社会の関心が高まっている。経済産業省がブロックチェーンの応用により潜在的な国内市場規模は67兆円になると予測し日本企業でも活用への動きが加速している。

ブロックチェーンのビジネス面を解説した『ビジネスブロックチェーン』。著者ウィリアム・ムーゲイヤー氏はビットコインの根幹技術であるブロックチェーンの応用可能性を追求する立場で、イーサリアムの共同ファウンダー、ヴィタリック・ブテリン氏が本書に序文を寄せている。

デロイト グローバルは、イーサリアムを活用したアプリケーションを提供するスタートアップの集合体コンセンシス(ConsenSys)と協業しており、デロイト メンバーファームの一員である有限責任監査法人トーマツ(以下トーマツ)が[日本語版]を監修した。

トーマツのブロックチェーンチームはDIGIDAY日本版の取材に対し、主に以下のように主張した。

* 日本の大手銀は既存ビジネスをもっていることから、段階的にブロックチェーン技術を導入していくことをトーマツは提案している

* ブロックチェーンやスマートコントラクトが普及しトランザクションの処理に第三者が介入しなくなっても、現実の世界の情報をブロックチェーンへ入力するプロセスは残る。そのため、内部統制やその監査というプロセスはブロックチェーン普及後も重要な役割を果たす

* 決済コスト下落とトークンエコノミーにより、あらゆる物品の取引と決済を同じプラットフォーム上で行えることに利点がある。シェアリングエコノミーの可能性を開く

* 「パブリックブロックチェーンの世界」では個人/法人の情報をセキュアに管理する新しいデータベースの可能性があり、新しいビジネスモデルをもつベンチャーを生む可能性がある

トーマツ アドバイザリー事業本部パートナーの桑原大祐氏は「デロイトトーマツグループは総合プロフェッショナルファームで、我々はその中の監査法人に所属している。ブロックチェーンにはグループでさまざまな関わり方があり、私達の部隊の他にもコンサルティングやベンチャーへの支援という角度からサービスを提供している」と説明する。たとえば、コンサルティング会社の方は『ビジネスを変革していく』という立場で関わっている」。

「我々は監査法人という立場から、ビジネスプロセスが変わっていくと、それに対する内部統制を変えなくてはいけないのではないか、という観点で見ている。また、クライアントが仮想通貨を持ったら、どう会計処理するのかという観点もある」。

ブロックチェーン技術に影響をもっとも受けそうなのは金融機関だ。一方で、「金融機関には既存のビジネスとのカニバリの部分もある。POC(概念実証)までは行くが、現在ブロックチェーンなしで既存のビジネスが成り立っているため、『導入のメリット』を整理するところが難しい」。

「決済以外の部分でも、業務プロセス、規制への対処やディスクロージャー(情報開示)の部分もブロックチェーン技術を活用して業務が効率化されていくだろう」。

メガバンクと全銀ネット実証実験

デロイトトーマツグループは3大メガバンク(みずほフィナンシャルグループ、三井住友銀行、三菱UFJフィナンシャル・グループ)に加え、ビットコイン / ブロックチェーンベンチャーのbitFlyerと実証実験を進めている。bitFlyerはプライベートブロックチェーン技術「Miyabi」を開発して提供(CEO加納氏へのインタビュー)。

デロイトアナリティクスの前嶋陽一氏は「金融の知見をもちながら見ていくと、すぐにすべてがブロックチェーンに置き換わるというわけではないとみている。既存の金融サービスもブロックチェーンなどの新技術を取り入れることで効率化されていくだろう。同時に、新しくブロックチェーンコミュニティから生まれてきた従来より軽量の金融サービスが台頭してくる。この変化は考えられていたよりも早く変わっている面もあるが、規制面、内部統制、コンプライアンスに問題が残っている。その解決には、我々のような規制面に詳しいグループのサポートが必要になる」と語った。

トーマツ アドバイザリー事業本部 シニアマネジャーの森剛敏氏は「ITシステムにしても金融機関にはレガシーがある。金融機関のシステムはホストコンピュータが処理している。ブロックチェーンはそれを全部置き換えられるレベルに達していない」と指摘した。

「決済ネットワークには全銀ネットや日銀ネット、でんさいネット、国際の決済(SWIFT)など、様々なネットワークが存在する。現在は、そのような決済ネットワークをホストで統合して勘定系の台帳を更新しながら決済を処理している。この仕組みをブロックチェーンで置き換えていくためには、ひとつひとつをブロックチェーン化していく必要がある。そうしながら次第にビジネスモデルも変わるところで、内部統制、コンプライアンス、ひいては我々が本業としている会計監査も変わっていく」。

前嶋氏は、ブロックチェーン上でのデータ処理は信用が担保されるようになったとしても、ブロックチェーンへ人が証明データを入れる部分が残っている、と分析する。「本書でも触れられているが、信用が必要なくなるのではなく、新しいタイプの信用が必要になってくる。それに伴い、新しいタイプのオーディットが必要になる。すべてがビットコインになれば、すべての統制プロセスや監査が必要なくなるというものではないと思っている」。

取引額11兆ドルのCDSプラットフォームをブロックチェーンベースに

ただ技術的に新しいものが出てきている、と森氏は指摘する。金融インフラで、米証券保管振替機構の持株会社DTCCは今年、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のプラットフォーム(中央清算機関など)を、ブロックチェーンを活用して再構築すると明らかにした(参考記事)。同プラットフォームの取引額は11兆ドル(約1200兆円)に上る。IBMとスタートアップのAxoni、R3 CEVがプロジェクトに当たる。ブロックチェーンを活用したトレード情報のデータウェアハウスは2018年初頭に提供されることが期待される。「デリバティブは元来、仮想の世界でデータとしてのみ取引しているため、ブロックチェーンへ置き換えやすい」。

森氏は「『ブロックチェーンで既存の金融が求める水準のシステムを実装するには10年かかる』と言われていたが、いくつか実用水準に近いものも2016年中に出てきた。ブロックチェーン技術は小さい取引所ならば置き換えられる水準に近付きつつあり、大きな金融インフラでも今後3年間で置き換えられるレベルまで高めようという動きがある。例えば豪州の取引所では、次のシステム更改のタイミングで、ブロックチェーンによる実装の可能性を検討している」と語っている。

前嶋氏は「ブロックチェーンのような破壊的技術がビジネスへ与える影響を深く議論するためには、技術に対しても深い知見が必要であると理解している。そのため、我々は、グローバル・ネットワークを通じて最新の技術動向を把握するようにしており、自分たちでも実装を通じて技術について研究している。」と説明した。

その主たるものが先述したデロイトとコンセンシスの協業であり、同組織とは20を超えるプロトタイプをつくっている。ほかダブリン、ニューヨーク、オランダ、カナダにもR&D拠点をもつ。エンタープライズIT領域でのブロックチェーンサービスを提供するベンダーはグローバルでは、マイクロソフト、IBMが代表的。国内ではテックビューロ、bitFlyerなど。コンサルティング企業のアクセンチュアは訂正可能なブロックチェーンのプロトタイプを開発したと発表、今後技術開発の進展によりベンダーの数は拡大していく可能性が高い。

何もかもを取引可能にするトークン

コンセンシスはニューヨーク州ブルックリンの一角で、住民2者間で電力売買を行う電力市場の実証実験をした。日本のお客様とも日本で応用できないか話し合っているという。権利関係のところをトークンで管理。昨年は「トークンエコノミー」という言葉が広まり、いわゆる技術界隈外からもブロックチェーン/ビットコインの関心が高まった。

前嶋氏はこう指摘する。「ブロックチェーンは、資産を表すトークンの移動、仮想通貨による決済をひとつのプラットフォームにまとめられるのがいい部分だ。あらゆる資産はトークン化できる。米国のデータ標準化団体のXBRLはトークンを標準化しようとしている」。

「トークン化されたデータを正確にやり取りすることはブロックチェーンによって技術的に実現できる。一方で、データと現物が一致することを担保するためにはガバナンス体制が必要になると考えており、この部分に我々の監査が必要だと思う。例えば、電力のトークン化でもスマートメーターに手を加えて不正を働く人が出てくるというリスクを考慮しなくてはならない」。

決済コスト下落、シェアリングエコノミー

昨年5月に成立した改正資金決済法は、今春にも施行される見通し。決済テクノロジーが進化し、コストが下がる可能性がある。

前嶋氏はこう説明する。「決済自体のコストも下がり、トークンの取引も行われると、モノを取引するコスト自体が安価になることは今後起こりうる。eコマースが増えるだけではなく、売り物自体が細かく、トークンと紐付けられて流通していく。モノが物体ではなく、権利や時間に分割されて流通していく。コストが下がるだけでなく、流通モデルも変える点が凄いになる」。

トークンエコノミーの可能性と同時に、ブロックチェーンが決済コストを落とすことは、経済のあり方自体を変える大きな可能性がある。決済単価が落ちることやトークンの活用はあらゆるモノ、コトをマーケットプレイスに移すことになる。

金融以外の業種でもシェアリングエコノミー、サーキュレーションエコノミーに関心があり、導入を検討する例がたくさんあると前嶋氏は力説する。

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米デロイトが2016年11月に米国で実施した調査によると、金融以外の領域のほうがブロックチェーン技術の採用が早いという傾向が明らかになった。1番右の金融セクターよりもテック・メディア・通信セクターや消費財・製造セクターの方がデプロイ最中・検討の企業の割合が高く、また緑色の「Curently deployed(現在デプロイしている)」の割合も高かった。

森氏は「実は、国内大手銀行はブロックチェーンの実証実験を10件やっても、プレスリリースは2、3件しか出していない。大きな変更を伴わずインハウスでやれるものはいくつか実用化に近いレベルで配備されたりしている」と説明した。「公表されていないが、いろいろな事例があって、かなり皆さん積極的に進めていると感じている」。

グローバルでの顧客には、物品に関わる事業者や価格、日付、位置情報、品質、プロダクトの状態を始めとするサプライチェーンの管理に必要な情報をブロックチェーンに登録する方法を実証実験する企業もいる。

プライベート VS パブリック

前嶋氏は「いまパブリックチェーンがビジネスで使われていないのは、技術の完成度が低いことや、ブロックチェーン上でのスマートコントラクトが法的に認められるのかが分からないことにある。この点、プライベートチェーンだとケアする必要がなく、実証実験として取り組みやすいためプライベートチェーン上の実証実験事例が多い。ただ、多くのクライアントはパブリックチェーンが普及する未来を見据えていることには変わりがない」と語った。

書籍『ビジネスブロックチェーン』でも、ブロックチェーンの成功に焦点を当てたフレームワークとして、「ビジネスの推進要因」「技術の実現要因」に対して「技術の問題」「ビジネス・市場の問題」「行動・教育の問題」「法律・規制の問題」が存在することが指摘されている。

森氏は「日本の消費者はレギュレーションがあることで安心して利用できる。資金決済法が改正されて今春にも施行される見通しだ。今後、仮想通貨の取扱が世の中で増えていく可能性がある。金融庁に登録して監査を受けているところがサービスを提供することになると、消費者の心理的抵抗も薄れていくだろう」と語った。

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取材に応じた(左から)有限責任監査法人トーマツ アドバイザリー事業本部のシニアマネジャー森剛敏氏、 パートナーの桑原大祐氏、デロイトアナリティクスの前嶋陽一氏

桑原氏は「パブリックでいろんなエコシステムが入ってビジネスが進展すると面白い世界が広がる。誰が音頭をとって動かしていくのかが難しい。また誰がどこで儲けるかが難しいところでもある。どうやってその世界に向かうのかにも課題は残っている」と語った。

セキュアで分散化されたデータベースは可能?

森氏は個人が身元証明や自身にまつわる情報をブロックチェーンで管理できる可能性があり、それは新しいビジネスモデルと同時期に持ち込まれると指摘する。もっとも好ましいのはGoogle、Facebookなどの集権的な力に依らずに、セキュアに管理できる、改ざん不可能な分散型データベースだ。「Amazon、Googleに対抗する勢力がプラットフォームの現れる可能性があると我々は考えている」。

一方で、極めてセキュアなスマホが生まれるかもしれない、と桑原氏は指摘する。

森氏は「利便性とセキュリティとインセンティブのトライアングルでのトレードオフになっているかもしれない」と指摘した。「ミレニアル世代はスマートフォンで何もかも済ませる。その世代が社会の中核になり、ますます個人にまつわる情報のデジタル化が進んでいくだろう」。

Written by 吉田拓史
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